◇前書きから
「言葉に降り立つたびに」
この春ぼくは富士のふもとの湖へ行き、久しぶりにそこで沢山の詩を書いた。日常から生まれた詩でも、日常からいったん離れないとなかなか形にならない。その日の夕暮れは崇高なまでに静かで、ぼくはそれまで二十年間持ち歩いてきた小さな壺の中のガンジス河の水を湖に注いだ。円環が閉じた。
去年の暮れから湘南の海を臨む相模平野に住みはじめた。何度目の引っ越しかわからない。暮らしのスピードがだんだんゆっくりとなってきているのを感じる。それはもちろん年齢とも関係があるだろう。
先日東京の下町に行ったが、そこではお年寄りの方がとても生き生きとして見えた。歳をとるのは悪くない。いや、とても楽しみなことだ。十年後はもっと楽しいことになっているだろう、そう言ってぼくは久しぶりに会った友だちとわかれた。
今回は朗読から生まれた詩も多い。作った歌や詩をそらんじると、自分の言葉がからだを響かせる。それがなじんでくるとますます楽しい。
螢飛ぶ日 鶴巻にて
島田啓介
※御注文は、jkeisuke369@ybb.ne.jp直接私まで。
2005年10月04日
第三詩集 「祈りのかたち」
◇前書きから
「四年をへて」
第二詩集を出してから、すでに四年の月日がたった。その間詩は書き続けてきたが、まとまった形にする機会を得ることなく、その都度作った詩を声にのせて朗読したり歌うことが自らになじんだスタイルと思ってきた。
今回この四年間に書きためたものの中から、朗読を意識したもの、歌にしたもの、旅先のメモをもとにまとめたもの、日々の日記代わりの短詩などをまとめて編んだ。
きっかけをくれたのは、二十数年ぶりに再会した旧友松山氏である。彼は永い不在中にすでに何冊もの詩集を出していた。早々と送ってくれた彼の作品群に対する、これはぼくの返礼である。
急いで編集したので、予定していた第四詩集に入るはずの多くの詩がまだ未整理のまま残されている。このごろ詩のほうがぼくをせき立ててくるようになった。タイトルは現在の自分の求めのままに収まった。これが今のぼくのかたちである。
遅い夏 内山の小さなオフィスにて
島田啓介
※御注文は、jkeisuke369@ybb.ne.jp直接私まで。
「四年をへて」
第二詩集を出してから、すでに四年の月日がたった。その間詩は書き続けてきたが、まとまった形にする機会を得ることなく、その都度作った詩を声にのせて朗読したり歌うことが自らになじんだスタイルと思ってきた。
今回この四年間に書きためたものの中から、朗読を意識したもの、歌にしたもの、旅先のメモをもとにまとめたもの、日々の日記代わりの短詩などをまとめて編んだ。
きっかけをくれたのは、二十数年ぶりに再会した旧友松山氏である。彼は永い不在中にすでに何冊もの詩集を出していた。早々と送ってくれた彼の作品群に対する、これはぼくの返礼である。
急いで編集したので、予定していた第四詩集に入るはずの多くの詩がまだ未整理のまま残されている。このごろ詩のほうがぼくをせき立ててくるようになった。タイトルは現在の自分の求めのままに収まった。これが今のぼくのかたちである。
遅い夏 内山の小さなオフィスにて
島田啓介
※御注文は、jkeisuke369@ybb.ne.jp直接私まで。
第二詩集 「物語の島から」
◇前書きから
「ここでたしかに生きていたもの」
第三詩集の編纂とともに、この第二詩集も大幅に並びを変えてとじ直した。
読み返してみると、他の二冊の詩集にくらべて、随分と感じが違う。この一冊は限りなく日記に近いものだ。それも、長年暮らしたこの内山という土地に深く関わっている。
いま、ここを離れるにあたって、自分がこの詩集を「綴じ」ることで、ここでの生活にひとつの区切りめをつけようとしていることを感じた。
この第二詩集の中にはここでたしかにぼくが生きた時間が綴じられている。そうした意味では限定的なのだが、ここにはぼくの「暮らし」の原型がある。場所が変わっていっても日々保っていく呼吸のようなくりかえしの営みがある。
忘れないようにすることは大切なことだ。それは執着とは違う。くり返すことで、もはや考えでなく行いとなっていくこと。「からだ」の所有となっていく営みのこと。
一冊をとじ、また、新しい営みのサイクルが始まる。
秋雨のつづく内山の我が家にて
島田啓介
※御注文は、jkeisuke369@ybb.ne.jp直接私まで。
「ここでたしかに生きていたもの」
第三詩集の編纂とともに、この第二詩集も大幅に並びを変えてとじ直した。
読み返してみると、他の二冊の詩集にくらべて、随分と感じが違う。この一冊は限りなく日記に近いものだ。それも、長年暮らしたこの内山という土地に深く関わっている。
いま、ここを離れるにあたって、自分がこの詩集を「綴じ」ることで、ここでの生活にひとつの区切りめをつけようとしていることを感じた。
この第二詩集の中にはここでたしかにぼくが生きた時間が綴じられている。そうした意味では限定的なのだが、ここにはぼくの「暮らし」の原型がある。場所が変わっていっても日々保っていく呼吸のようなくりかえしの営みがある。
忘れないようにすることは大切なことだ。それは執着とは違う。くり返すことで、もはや考えでなく行いとなっていくこと。「からだ」の所有となっていく営みのこと。
一冊をとじ、また、新しい営みのサイクルが始まる。
秋雨のつづく内山の我が家にて
島田啓介
※御注文は、jkeisuke369@ybb.ne.jp直接私まで。
第一詩集 「二千年後」
◇前書きから・・・
長いこと本棚にはさんでおいた自分の第一詩集を、第三詩集を編纂するにあたって読み返してみた。どれもまるで今書いたようにありありと感じられた。
どちらかというと鬱々としているときのほうが詩ができやすい。春と秋のめぐりに合わせて、まとまった詩を書くことになるのも、自分が長年培ってきた体質のようである。
今回大幅に並びを変えて、「旅は未だ」を最後に置いた。それというのも今の自分にはこの終り方がしっくりくるからだ。それとともにニ編を削除した。それも今の自分のしっくりに合わせた結果である。
今年の秋は、第三詩集を作り、続いてこの第一、第ニを装丁も含めて作り直し、さらに第四詩集に取りかかっている。月のめぐりがぼくに自分の内なる言葉に向き合わせようとしているかのようだ。
言葉が生きる力になりますように---困難な今という時代に、ぼくは自分に、そして多くの人に、まだ見ぬ未来へ向けて思う。
秋の虫がひとつのリズムで鳴いている内山の自宅にて
島田啓介
※御注文は、jkeisuke369@ybb.ne.jp直接私まで。
長いこと本棚にはさんでおいた自分の第一詩集を、第三詩集を編纂するにあたって読み返してみた。どれもまるで今書いたようにありありと感じられた。
どちらかというと鬱々としているときのほうが詩ができやすい。春と秋のめぐりに合わせて、まとまった詩を書くことになるのも、自分が長年培ってきた体質のようである。
今回大幅に並びを変えて、「旅は未だ」を最後に置いた。それというのも今の自分にはこの終り方がしっくりくるからだ。それとともにニ編を削除した。それも今の自分のしっくりに合わせた結果である。
今年の秋は、第三詩集を作り、続いてこの第一、第ニを装丁も含めて作り直し、さらに第四詩集に取りかかっている。月のめぐりがぼくに自分の内なる言葉に向き合わせようとしているかのようだ。
言葉が生きる力になりますように---困難な今という時代に、ぼくは自分に、そして多くの人に、まだ見ぬ未来へ向けて思う。
秋の虫がひとつのリズムで鳴いている内山の自宅にて
島田啓介
※御注文は、jkeisuke369@ybb.ne.jp直接私まで。
オープンチューン
21世紀の到来を前にして、計40人のミュージシャン、プラス写真家や画家が集まり、3枚組の豪華CDを作り上げた。それがこの「オープンチューン」。専用サイトにかなり詳しくのっています。ここでぼくは、東京から広島までともに歩いた仲間たちと、このためにつくった歌を歌っています。
出演者名は、「島田啓介+広島ピースウォーカーズ」。ぼく自身も在庫あり。送料はサービスでお送りします。
詳しくは、オープンチューンのサイトを開いてみてください。
出演者名は、「島田啓介+広島ピースウォーカーズ」。ぼく自身も在庫あり。送料はサービスでお送りします。
詳しくは、オープンチューンのサイトを開いてみてください。
2005年10月03日
ウォーキングメディテーション
男女のスピリチュアルな旅
今までに7版を重ねたロングセラー、とても広く読まれているらしく、今でも話題に出てきます。男女のことについて、その後の私のコラムは「女らしさ、男らしさの迷宮」のコンテンツをお読みください。
詳しくは、また御注文は、アマゾンのサイトをごらんください。
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