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2009年10月20日

引き算生活

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ゆとり家の森にて、クリスタルボールを聴く



もう十数年も前、自然食販売をやっていたころ、お客さんの一人に美容師のおばさんがいた。

「髪の毛さわってごらんなさいよ」
「え?」
「いいから!」
「さらさら・・・」
「もう何年もシャンプーしてないからね」
「え、、美容院は?」
「シャンプーでもリンスでもね、ドバドバ使わなきゃ商売になんないじゃない、そりゃ使うわよ。それとこれとは別、ぎゃははは」

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2009年04月30日

南の光のなかで

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ここ二年ばかり詩をはじめ文章を書こうという意思がなかなか立ち上がらずにいた。
そんなぼくが、言葉のインスピレーションのたしかな源泉の一つであった、詩人の山尾三省の著作をまた読み直している。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4787701835/mixi02-22/続きを読む
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2007年10月01日

ぼくの家は、郵便局だった

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郵便局のあったぼくの生家(裏)


10月1日、郵便局の歴史は終止符を打ち、 「日本郵政公社は政府出資の株式会社、日本郵政グループに生まれ変わり、明治以来130年余り続いた官営郵政は幕を閉じた」(読売新聞より)。

群馬のぼくの生家は、祖父、祖母、父と二代三人にわたって、自分の家の一部を国に貸し、実際には個人商店のように運営する「特定郵便局」だった。いわゆる、村の郵便局である。ぼくが子供のころ、実家の母屋の一角が郵便局で、土間の隅の引き戸を開けると、そこはもう窓口の中—-事務室だった。

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2007年09月29日

再会--戻ってきた友

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秋のアゲハ

数年ぶりの旧友が泊まりにきた。
ぼくがこの秦野市鶴巻に引っ越してきて、もうすぐ3年が経つが、すっかりご無沙汰している友人知人が多い。

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2007年02月10日

ぼくと宗教のつきあい 後半

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現代の上の駅アプローチ  なつかしい去年の冬の氷


中米で様々な貧困や戦争の傷跡を見てきた。またアメリカ南部では人種差別、様々な抑圧の場面にも出会ってきた。そんな中を生き延びるために、人々にとって宗教(おもに輸入されたキリスト教が、独自の形でそれぞれの文化に取り込まれたもの)は大きな励ましと力を与える、精神的な支柱になっていた。帰ってきた日本ではどうだったろう。

サロン的雰囲気の教会になじめなかったぼくは、いわゆる一般的な教会ではなく、現実に取り組む宗教家、社会問題などに関っていく牧師や、他宗教の活動家とつきあいを深めるようになった。現実に何の働きかけもしない宗教は無力であると感じたからだ。
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ぼくと宗教とのつきあい 前半

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なつかしい故郷  <左:半鐘> <右:子持山麓から見る榛名山>


教会とのつきあいは、物心ついたときにさかのぼる。母方の祖父がクリスチャンで、母親がそれを受け継ぎ、ぼくの幼稚園はミッション系だった。当然御飯の前にはお祈り、うたう歌も賛美歌がけっこう多く、園長先生は牧師さんだった。とはいえ、卒園してから、ときどきその教会に通うようになっても、自から進んでクリスチャンになろうとは思わなかった。何かしら中産階級的な、品のよい人々の集まりがうさんくさくて居心地が悪かったからだ。

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2007年01月26日

生きのびるための歌

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サンフランシスコ上空 03年夏 


 昨日レコードをかけっぱなしで寝てしまい(CDじゃなくて)、トイレにおきたら、ポツッポツッと音をたてて、アームが下がったままで針が空回りしていた。父親が入院していて、留守番に前橋のマンションにいる。子供のころよく聴いたレコードをかけていた。

 ブルーノワルターとか、パスカル弦楽四重奏団とか、そういうすごく古いやつ、クラシックばかり。親の趣味だったのだろうけど、聴いていると見事に記憶に刻み込まれているもので、音とともにさまざまな思い出が立ち上がってくる。

(今回引用のアドレスは、Mixiからしか開けません、あしからず)続きを読む
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2007年01月22日

ガンがおれを踊らせる

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歌舞伎昌三(マサル)さんの白塗り/月乃、昌三、AKIRA

2006.01.19のこと
「どん底からの出発」、去年の7月、新潟まで泊りがけで聴きにいったAKIRAと月乃さんの共演、そして、こわれものの祭典。それが今年も19日、新宿地下のライブハウス「ロフト+1」で行われた。

ぼくは一足早く、スタッフとして会場に入ったが、手伝う事少なく、地下滞在連続10時間をただ楽しませてもらった。
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2006年12月08日

アレン・ネルソンとの再会

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アレン・ネルソンと久しぶりの再会。6,7年はたっている。そんなにたってしまったことに驚く。サプライズにしようと思い、事前に何も知らせずに東海大学の講堂に出かけた。講堂はとても広くて寒々としていたが、学生でいっぱいだった。この日は、英語を勉強している学生たちの通訳の実習みたいなもので、8人ほどが入れ替わり立ち代わり、彼の通訳をするのだ。

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2006年10月12日

和光大学の水俣展-その2

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和光大学 アプローチ

2006.10.12
 ようやく前回9月27日に書いた水俣巡回展の続きを書く余裕が生まれた。何人かのかたから、続きは、との御指摘を受けていたのだが、あれ以来さまざまな催しが続き、また生活にも変化が大きく、ブログ更新も途切れがちになっていた。

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2006年09月27日

和光大学の水俣展

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刈り入れが進んでいる、風の強い日

2006.9.26
 先週末は、三日続けて和光大学へ通った。大学へ通うなんて久しぶりのことである。しかも、あの憧れの和光大学。大げさだが、かの大学はぼくの中で神話化されていた。

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2006年04月19日

死と再生--記憶からの創造 (後半)

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真っ盛りの八重桜の影に、今も同じ蜂の巣型の格子が見える

2006.4.16
 復活祭の朝、キリストの肉体と血の象徴であるパンと赤ワインをとる。個に分かたれた者たちが、血と肉とを介してひとつであることを確認する。肉体は別物だが、霊の身体は連なっている。霊によってアイデンティティーは個ではなく、一体のものになる。



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死と再生--記憶からの創造 (前半)

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隙間なく記憶がたちこめる中庭

2006.4.16

 復活祭、28年前から通っている教会へ行く。それは東京のある下町にある。東京を離れてからは、特別なとき以外めったに行かなくなってしまったが、今回は、自分がかつて入院していた病院に立ち寄った。この一枚の写真は記憶を読む窓だ。




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2005年10月06日

3年前の春に見た夢

 夢の中でぼくは泣いた。友だちがぼくのおばあちゃんを見つけてくれたのだ。おばあちゃんは永いこといなくなっていて、見つかったときにはぼくのことがわからないほど意識がぼけてしまっていた。続きを読む
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2005年10月03日

あなたにとっていちばん大切なものはなんですか

 「あなたにとっていちばん大切なものはなんですか?」

 8年ほど前に評判になった「地球家族」という写真集には、世界中の家族に向けてのそんな質問がのっていた。ごらんになった方も多いことだろう。

 日本を含む約30カ国を訪ね歩き、それぞれの国の「平均的」と思われる家族を訪ねて、その家の持ち物すべてを庭先や道路に並べて撮影する、それに加えてさまざまなインタビューゃそれぞれの国を知るための基本的な資料ものせるという、壮大なプロジェクトである。
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2005年10月02日

友部正人の歌とぼく

 いつか皆が歌いだしそうな時があった。確かにあって、その時ぼくは街角に、駅の改札に、公園に立って歌っていた。それは、薄く墨がかかったようなぼくの黎明期。誰もが歌いだしそうなとき、実際に歌いだした人は決して多くはなかった。
 決して聴くための歌ではなく、歌うためでもなく、「歌いだす」ための歌がある。
友部正人の歌は、そんな歌だ。

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2005年09月29日

母親の死について書いたもの 2003

母親の納骨をひかえて

御無沙汰を失礼しています。ここ半年ほどは、年賀状などもいただきながら私自身にまったく精神的な余裕がなく、お返事が桜の季節も過ぎた今ころになってしまい、申し訳ありません。

冬に入って持病の鬱が来たなと思ったらなかなか去らないので、今度こそは意地を張らずに専門家と抗鬱剤の助けをかりました。それが功を奏して現在では平常に近い生活を送れていますが、同時に精神科の病棟で作業療法という生業に従事しているとは、なんとも奇妙な巡り合わせです。日々が自分と向き合うようなそんな仕事になっています。

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共生の思想(英語版)

How to nurture the spirit of co-existence--spiritual aspect of the ecological activist
Keisuke Shimada

--The significance of feeling the suffering deeply--

Iユd like to offer some premises before getting into the subject.

From here you start focusing more on the process than goal, questioning than solution, intuition than cerebral thinking, ignorance(simplicity) than cleverness.

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うつと引きこもりの体験

 あるとき布団から出られなくなった。40過ぎての引きこもり。いつの間にか鬱の繭にすっぽりとくるまれてしまい、そこから出られなくなった。2ヶ月を布団の中で過ごした。何も考えられなく苦しみさえも感受できなくなっていた。

 ある寒い日に、真っ盛りの梅園を歩いてみたら、何の匂いも感じなくなっていることに気がついた。続きを読む
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2005年09月28日

歩く瞑想について(ピースウォーク版)

 これはかつて、代々木公園で行ったピースウォークでの、歩く瞑想の解説です。ティク・ナット・ハンのメソッドを、わかりやすく自分なりにまとめてみました。

<歩く瞑想(代々木のピースウォークのために)
 ピースウォークのはじめに行う「歩く瞑想」のわかりやすい解説です。ティク・ナット・ハンの言葉に、わたし自身の言葉を重ねて実際に行っているように書いてみました。
 実際に当日はこのとおりに読み上げるわけではなく、より簡略化して話しますが、これを読んでいただければ、どんなことを行うかがだいたいわかっていただけるでしょう。

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posted by Dah at 23:53| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ 多ジャンル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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