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2005年10月06日

「降りていく生き方」のこと その1

(2002.2月記) 5回シリーズ

 ぼくが毎日出会っている人たちは、精神を病んで社会で生きづらくなった人たちだ。かつて自分がそうであり、今も持病を意識して生きざるを得ない立場から、ぼくは治療者と患者の両方の狭間に立っている。

 このごろ、毎日つぶさにつき合うことで、本当にこの仕事に出会えて良かったと思う。というのは、今までいろいろやってはきたが、どこかしらぼくは「成功」や「抜きん出ること」が頭から離れないでいた。自分のやっていることが認められたい、人よりも評価されたい、そういった動機に大きく影響されてきた。

 もちろんその気持ちがなければやっていけない仕事もあろう。しかしぼくの生き方は、じつはそうではなかった。病院で患者さんたちと出会い続けることでようやく何がしっくりこないのかがはっきりしてきたのだ。

 今までのぼくの生き方はおもに、「昇り続けること」で動機づけられてきた。けれど本当に重要なのは、「降りて行く生き方」だった。今までは「賢くなる」方向ばかりに意識が向いていたが、本当は「愚かであること」こそが大切だったのだ。

 頭ではちょっとは考えていたことだけれど、全身麻痺状態で痴呆の人の歩行訓練をしたりするうちに、その人の「存在時間」に入り込んでいくにつけ、生きることの実相は、「降りて行く」ことなしには決して見えてこないということがわかってきたのである。


posted by Dah at 01:12| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆精神世界/精神科スケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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