毎日菜の花泥棒で、菜の花丼
非常に緊張の高い数日が終わりました。
悟ったのは、「通訳は、瞑想だ!」
まる一日ぶっつづけ通訳、今月は各週末シリーズで。本業じゃないにしろ、生活まかなうためにはしょうがない。
仕事がはじまって、二三時間過ぎるころには、もう何がなんだかわからなくなってくる。
頭の中に、英語→日本語、日本語→英語、が交流電流のように、コンマ何秒で行き交う。考えているのと違う、なんかもう、違うゾーンに入り込んで、精密な作業をすごい密度でこなしていくのだが、集中と同時にリラックス。それがないともたない。
言葉の嵐の中にいながら、意識のどこかに<凪ぎ>を確保しておかないと、言葉の強いエネルギーにさらわれてしまう。
集中とリラックス。これは、瞑想だ。両方がバランスをとって保たれていること。それを昼休み以外ずっと続ける。
うまくいけば、話し手との一体感が生まれ、<憑依>が起こる。そうすれば、ほとんど疲れない。話し手と分離したままだと、自分の思考が割り込んできてじゃまをする。だけど、正誤の判断力は保っている。これもすごく瞑想的だ。
この数日間で、4人の講師の言葉--スピリット(言霊)がぼくのからだを通り抜けていった。少し色っぽい体験でもある。うん、たしかに色っぽい体験です--結局はそういう話しなのか?


