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2007年03月28日

誕生日とは、母の出産記念日である

DSCF0018Akagi.JPG DSCF0021tree.JPG
   夕暮れの赤城山    燃える樹   

*しばらくUPしていなかったので、さかのぼります。
(これは、3月13日に書いたもの)

今日は誕生日。誕生日とは、母親が自分を産んだ日だ。つまり出産記念日なのだ。今日は父から電話があって、おめでとうの言葉をもらった。でも、考えてみれば、仕込んでもらい、産んでもらい、さらに長いことかけて育ててくれたので、今のぼくがいる。

子供はまあ、生まれてくればいいわけだが、親のほうは大変である。人間の子供は育つのが極端に遅い。忍耐忍耐、また忍耐であろう。それでも、親になることはうれしいことだろう。子供としての立ち場しか知らないぼくは、ただしてもらった数々がありがたいばかりである。

その母親はもういない。つい先日、群馬に里帰りして、赤城山麓のお墓に行ってきた。その日はとても寒く、山がもう一度雪をかぶった。夕日がぎらぎらするほど鮮やかな光を投げかけていて、墓石は凍りつくほど冷たく、林は裸で冬の星を降るままに浴びていた。

墓参りのあと、薪ストーブを焚きつづける古民家で、タクヤのデシュリドゥーのコンサートを聴く。デジュはオセアニアの筒型の楽器で、ユーカリの木のまん中が抜けただけのシンプルな構造。そこをスピリットが激しく通り抜けていくときに、低く地を這うような振動音がする。それは果てしなく長く、途切れなく響きながら、聴く者を地球の中心まで降ろしていく。

ゲストのアキラは、「家族」の歌をうたった。それがあまりにも誕生日にぴったりで、ぼくは自分がそれを贈られたような気がしたんだ。この世に送り出されたことを、もう一度讃える、そんな歌だった。友にたくさん出会った。

今日誕生日には、10キロほど歩いた。途中で菜の花をたくさん摘み、それを夕食のおかずにして、蕗味噌と合わせたりしてすべて食べた。ヨガをフルコースで味わった。すごく品のいいそばやで、ゆっくり昼食をした。富士がクリームをかけたように真っ白で、風はけっこう冷たい。

一日中眠くて、図書館では、河原住まいのおじさんの隣で眠りこけていた。眠っているうちに、いつの間にかぼくは一つ歳をとっていた。
編集
posted by jksk at 00:24| 神奈川 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | ☆相模平野だより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
誕生日は、お母さんに自分の歳を報告する日なんだって、ラジオで聴いたことがあります。
フィリピンの友達はこんな風に言っていた。
She gave a birth to me.   日本語よりも意味が良く伝わるなあ。
Posted by NiBiKi at 2007年03月31日 00:14
>NiBiKiさん
 フィリピンでは、いまもそういう伝統があるのかなぁ。いい言葉ですね。社会って、この言葉からはじまる気がする。
 
Posted by jksk at 2007年05月27日 20:36
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