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2011年07月03日

直立エンジン

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幸弥立つ!

一週間ほど前、大磯の友人宅で初めて10秒ほど立ったそうだ。ぼくはその現場を見なかった。

それを聞いてからというもの、なだめすかして息子を何とか立たせようとするのだが、そういうときに限って立ってくれない。すぐによれよれフニャンと尻餅をついてしまう。

・・・ということを繰り返していたのだが、本日、何とはなしに腰かけて相手をしていたら、立っている。
本人は頓着ない様子で、立ちながら手遊びをしている。立ってるよ〜! と言ったとたんに尻餅をついた。

人はなぜ立つのか? という疑問がこのごろ頭を離れない。直接的には親やまわりの者のまねをして立とうとするのだろうが、それではその親、またその親、ずっと遡っていって、延々と人類の源である人たちに訊いてみたい。何であんたたちは立ったんですかと。

NHKの「オンデマンド」という昔の番組が見放題のインターネット放送があるのだが、そこで地球がはじまって以来の進化をたどるシリーズものを観ている。そうすると、原始生物のころから、生き物というのは、どうしても進化しなければ気が済まなかったらしい。

退化と見えることも長い目で見れば進化への伏線であったり、「全球凍結」などという凄まじく恐ろしい名の地球全体を巻き込む破滅的な事件のときでさえ、生命は地下にもぐり込み何万年も陽の目を見るまで耐え忍んだりしているのである。

そんな粘り強さ、進化していくことへの意志とはいったいなんだろう。それがものぐさなぼくの中にもあるのか。そして、ものぐささを少なくとも二分の一は受け継いでいるわが息子にもあるのだろうか?

息子は、去年7月9日、妻がプールで泳いできたその翌日に予定より一ヶ月早く突如として生まれた。考えてみれば、生まれる意思というものもすごいものだ。こんな大変な、いまや放射能であちこち危なくなっているような世界に、ヒョロヒョロの身体をまとってやって来るのである。ブレイブ・ハートよ! さらに寝ていれば世話もしてくれるし、危険な目にも会わないで済むだろうに、わざわざ立って歩き出すとは。

人類の物質的進化は、(先進国のある部分に限ってのことだが)行き着いてしまったかのように見える。身体的進化しかり。すると、これからの子供たちは、精神的進化のためにこの人類史末の世界に生まれてくるのか。その進化は一足飛びのジャンプだろうともいわれている。とりあえず、目前に迫った2012年は楽しみなことだ。

しかし、進化という幻想を離れてみれば、すべては一期の夢である。不生不滅不増不減の神のリーラである。

立つにしろ、座るにしろ、これからの一生という長い夢をただ遊びたまえ、もうすぐ一歳になる我が子よ。

 (うしろの棚にある赤い胴のおもちゃの太鼓は、ぼくが子どものころに遊んでいたもの)

posted by Dah at 00:00| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Mixiからの移行日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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