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2011年06月22日

無我の学校

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<ジャガイモ掘り大会:奇跡的に雨あがる〜詳しくはウメッチョさんのすごいレポートで!>
http://nke.seesaa.net/article/210581201.html

今日は夜中になってもとても蒸し暑く、二階のベランダに坐って猫の目みたいな月を観ながらしばらく瞑想しました。この家の建っている場所は山の中ですが、たぶんその昔は森林。大木の梢に腰かけて風に吹かれている幻を見ました。

うちの玄関の前を走る車一台がようやく通れる細い道は、奈良時代に開かれた街道だということです。このあたりは峠に向かう上り坂で、追いはぎが出たかもしれません。うちの裏のほうに「夜泣き石」とかあるし。

これは赤ちゃんの夜泣きではなくて、夜になると倒れた旅人の泣き声がするんだそうです。そういう怖いの、ひとのうちの近くに作らないでもらいたいなぁ。あ、石のほうが先でしたが。


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お月見しながら今日一日あったことを振り返っていると、厚木で開いているサロン「トーキングサークル・ナチュラル」のことが思われてきました。精神障害を持つ人はじめ、社会に生きづらさを感じる人たちの分かち合いの場です。はじめて3年になります。

このサークルがはじまったころは、ぼくはまだ精神障害者の作業所の職員で相談員をやっていたわけなんですが、そのころ出来た仲間が味わい深い苦労を重ねている人たちばかりで離れがたく、仕事場は離れても、サークルだけは続いています。

ここでやっているのは、「深く聴き・深く話す」ことです。どんなことでも、ただそのままに受け止めて聴く。そういう聴き手がいると、話す方もその話し方が深くなっていきます。ここが楽しいおしゃべりとは少し違う点でしょう。また、一般のカウンセリングと異なるのは、その時々で違った仲間が互いに聴き手となり話し手となることです。

アドバイスは原則的にしません。というか、こういう場ではアドバイスが無力だとわかって、自然に参加者はアドバイスより〈ただ聴く〉ことに集中するようになります。出される話は、けっこう重い、または壮絶だったり、救いがなかったりすることもあります。そういう体験に誰がアドバイスができるでしょうか。もうただ、聴いているしかないという状況で、あるところまで行くと不思議と悲惨さが笑いに変わることが多いのです。それがひたすら聴くことのマジックに思えます。

あんまりひどくて笑っちゃうということもあるし、そういう情けない感じよくわかる、とか、考えてみたらそんなに大したことないとか、ガラッと視点が変わる瞬間がある。今日も大いに笑ってしまいました。もう死にそうとか、救いがないというような話をしながら、一方でしっかりとお茶菓子はせしめているという、そういう図々しさというかしたたかさがぼくは大好きです。

そんな欲があってへなちょこなところが、いかしているとも思う。肩の力が抜けます。そうして、悩みは解決できずとも確実についていく心の筋力があります。ココロ筋がつくと行き詰ったどん底のときにも、うまくタガを外して自分を笑ってしまえる。その筋力は自分ひとりが黙々と瞑想などやって鍛えられるものではなくて、やっぱり仲間のあいだで育まれるものです。

家族関係がうまくいかなくてそれが病の引き金になる人は多いのですが、ここではまったくの他人が集まって、家族とはまた違った絆を感じているようです。人はなぜ他者を求めるのか? という問いが今日出されました。

逆説的だけれど、他者は他者ではなくて自分だから、ということをわかるためかもしれません。また、そう感じられるから場が深まってひとつになるのでしょう。不思議なケミストリーです。自分はつまりすべてで、すべては自分である。我という固定した存在はない(相即・諸法無我)、という仏教の教えがありますが、そのことが実感としてわかってきた人の顔はじつにさっぱりとして気持ちよさそうです。

自分だけの悩みだと思っていたことがじつは誰の悩みでもあり、人の悩みだと思いっていたことが自分の悩みとそっくりだったりする。ぼくらは、悩みの貯蔵庫から苦しい考えを借りてきているだけなのだということがわかってきたり。悩みをその源に返したとき、自分だと思い込んでいた存在もありません。それは妙に笑える感じなのです。「自分」がなくなってしまうということが。

…というようなことを考えているわけではないけれど、今日はぼくもだいぶカエサルのものがカエサルに帰り(早口言葉みたい)、軽い気持ちになりました。「トーキングサークル・ナチュラル」は、知らずのうちに「無我」の学校になっているのでは? というようなお話、夜中にあやしく考えているのではなくて、お日さまのもとでまた振り返ってみましょう。明日は暑いぞ。

posted by Dah at 00:00| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Mixiからの移行日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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