?N???A ☆最近のイベントがつねに最初に表示されます(その他の新着記事はその下方に) ◎姉妹ブログ・ここをクリック??歩く相談室〜精神保健福祉士・島田啓介のブログ

2007年02月24日

朝日へ向かう道

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・早朝の散歩みち--海へ向かう川
・なずなの花言葉「すべてを捧げます」


 朝の散歩道、畑の雑草を見ていると、この世界に余分なものは何もないことに気づく。雑草のひとつひとつもあるべきところに場所を決めて生えている。
 ある畑の空き地に、なずなの群生を見た。なずなの生えている土は、理想的なバランスを保っているという。

 一昨日、久しぶりに畑に行って、収穫。大根、ブロッコリー、菜花のつぼみ、のびる、とうがらし、ジャガイモ少々。土はからだをほどく。
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2007年02月23日

百姓塾、これまでとこれから

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  ガラス張りのミレニアムシティー /  食事風景

※畑は、何ケ所にも点在している。ミレニアムは、ここが共有部分で、キッチンになっている。食事はオーガニックピース館で。参加者の中に女優の高樹沙耶という人がいて取材が入っていたが、ぼくはテレビを持たないので知らなかった。

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前回の続き。

千葉県の東北部、銚子と成田の間あたりに、くりもと地球村がある。地図で探しても見つからないので、見直してみたら「栗源」と書くみたいです。

ここは、90年代はじめから、ぼくが今回会いにいった旭愛農生産組合の組合長の大松秀雄さん(地元で自然養鶏を40年行い、多くの土地を自然農の振興のために提供。20年前から自然農法を伝えるために外国を歩きまわり、国内外から研修生を受け入れている。くりもと地球村やミレニアムシティーは、大松さんの土地提供で建設された)らが中心になって、自然農を土台にした、ユニークなコミュニティー作りがはじまっている。

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2007年02月20日

壺竹林

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壺竹林

壺竹林の中は昏(くら)い
壺竹林の底にしゃがみこむと
はるか上のほうで雲雀の声がする
壺の底は冷ややかな土
その沈黙に掌(たなごころ)を押しあてる

壺竹林の中に行き
そのひんやりとした沈黙をうつした掌を胸に押しあて
鼓動をひとつひとつ数えた

ざわめいていたシナプスの梢は鎮まり
茂りあう青葉を透かして
想いはゆっくり視野をはずれ
明るい青が残った

ぼくは ひとすじの水のように その青を飲んだ

水は身体の繊維を洗い
どこかに吸い込まれて 消えた

ぼくは安らかに眠った 三日間 夢は見なかった

四日目に人の声がきこえ
外に出ると 雲ひとつない青
花がにぎやかに香り立っていた

ほくはときどき壺竹林の昏がりの中に行く
そのひんやりとした土や
時間を吸い取ってしまう沈黙

そして遥か上のほうでは
いつも雲雀の声がするのだ

※壺竹林(つぼたけばやし)・・ぼくの造語。竹が取り囲むように繁った、そのまん中に畳三枚ほどの小さな空間がある。入り口に鳥居の一部が写っているように、じつは小さな稲荷神社がある。
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2007年02月13日

真夜中に、春の気配が流れ込んでくる

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  自然の壮大なるものと、人工物の壮大なるもの


この三日間で、行ったところは、隣町往復二回。
床に臥せっていた時間おおよそ、50時間。
梅時がいけない。最長二ヶ月の引きこもり記録あり。
資料山積、しかし読んだものは、小林一茶のみ。
父親のもっかの趣味は俳句、それも一茶ファンという。
それで読みはじめたが、江戸時代にこんなひとがいたのか? 
まるきりちょっと壊れぎみの現代人のようで、驚きだ。

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2007年02月10日

ぼくと宗教のつきあい 後半

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現代の上の駅アプローチ  なつかしい去年の冬の氷


中米で様々な貧困や戦争の傷跡を見てきた。またアメリカ南部では人種差別、様々な抑圧の場面にも出会ってきた。そんな中を生き延びるために、人々にとって宗教(おもに輸入されたキリスト教が、独自の形でそれぞれの文化に取り込まれたもの)は大きな励ましと力を与える、精神的な支柱になっていた。帰ってきた日本ではどうだったろう。

サロン的雰囲気の教会になじめなかったぼくは、いわゆる一般的な教会ではなく、現実に取り組む宗教家、社会問題などに関っていく牧師や、他宗教の活動家とつきあいを深めるようになった。現実に何の働きかけもしない宗教は無力であると感じたからだ。
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posted by jksk at 21:44| 神奈川 ??| Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ 多ジャンル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ぼくと宗教とのつきあい 前半

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なつかしい故郷  <左:半鐘> <右:子持山麓から見る榛名山>


教会とのつきあいは、物心ついたときにさかのぼる。母方の祖父がクリスチャンで、母親がそれを受け継ぎ、ぼくの幼稚園はミッション系だった。当然御飯の前にはお祈り、うたう歌も賛美歌がけっこう多く、園長先生は牧師さんだった。とはいえ、卒園してから、ときどきその教会に通うようになっても、自から進んでクリスチャンになろうとは思わなかった。何かしら中産階級的な、品のよい人々の集まりがうさんくさくて居心地が悪かったからだ。

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posted by jksk at 00:35| 神奈川 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ 多ジャンル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月07日

ぼくと病院とのつきあい

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    両方とも、群馬県前橋市にて

病院とのつきあいは、永遠のものと思われた。一家が病院好きだと、その因習は世代を越えて受け継がれるのだ。と、いうことを知ったのは、人生のうち三年間を病棟のベッドで過ごしたあげく、医者に芳しくないことを言い渡されて、つまりはっきり言えば匙を投げられて、漢方や瞑想やマクロビオティックや畑などによすがを求めはじめたころだった。
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posted by jksk at 02:42| 神奈川 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆精神世界/精神科スケッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする