2005.11.30
今日はとても眠かった! 昨日は異様に暖かく、朝散歩したら、まるで春のように、空気がぬるんでいる。かと思うと、今日は一気に冬。11月も終りだ。
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2005年11月30日
2005年11月28日
出さない手紙
2005.11.28
自分に向けて出さない手紙を書く。出さないというのも変だけれど。そして自分からの返事を待つ。返事も自分で書く。
誰かに向けて出さない手紙を書く。これは本当に出さない。出さなければ読まれることもないので、安心して書ける。でも、ちゃんとその人に向かって書く。
そして、自分への手紙も、誰かへの手紙も、燃やしてしまう。
自分に向けて出さない手紙を書く。出さないというのも変だけれど。そして自分からの返事を待つ。返事も自分で書く。
誰かに向けて出さない手紙を書く。これは本当に出さない。出さなければ読まれることもないので、安心して書ける。でも、ちゃんとその人に向かって書く。
そして、自分への手紙も、誰かへの手紙も、燃やしてしまう。
割れた甲羅を持った猫
冬に咲くサボテンの花
(猫は飼えなくなったけど、いろいろな植物と一緒に暮らし続けてる)
2005.11.28
奇妙な夢をみた。白猫がうずくまっている。ぼくを含めてまわりの人たちが、心配そうにその猫を見ている。
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2005年11月27日
この言葉にぐっときた
2005.11.27
東京から帰る急行電車の中で、「女に選ばれる男たち」安積遊歩と辛淑玉の対談を読む。この二人、ぼくはずっと苦手だと思っていて、こういう女性は、ズバズバものを言うし、恐すぎて近寄れなかった。
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東京から帰る急行電車の中で、「女に選ばれる男たち」安積遊歩と辛淑玉の対談を読む。この二人、ぼくはずっと苦手だと思っていて、こういう女性は、ズバズバものを言うし、恐すぎて近寄れなかった。
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2005年11月25日
タイへ行って瞑想をした (後半)
*瞑想の会場「ピチャヤット寺」(左)
*瞑想参加者の一部・ジェフは左から二人目(右)
<リフレクション>
朝4時前に起きてジェフはお寺の門で待っていてくれた。そういえば、またハグもしていなかったなぁ、来たときにはばたばたしていて。彼の広い胸と長い両腕に包まれる。ぼくも包み返す。空は半分曇りで星がぽつりぽつり。彼が出家していたころは、戒律から握手はおろか僧衣に触れることさえもできなかった。
「南十字星はここから見えるかい?」「いやどうだろう、オライオンがあそこだ」「オキナワからだって見えたんだ、きっとあるはずさ」。タクシーがつかまるまでぼくたちは星を探していた。
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タイへ行って瞑想をした (前半)
*ダイハツミゼット? (アユタヤのレストランで)
**これは2003年秋に、タイへヴィパッサナ瞑想に行ってきた報告文です。以前ネットで流したものに、多少書き直しが入っています。前半は瞑想前にバンコクやアユタヤのあれこれを書き綴ったので、瞑想の部分だけを読みたい方は、後半のみをお読みください。
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2005年11月24日
町田にM君に会いにいった(つづき)
*子供のころによくのぼった"タラヨウ"の樹
2005.11.23
けっこう話はできるものである。5時間近くも話しっぱなし。ふたりともおしゃべりなのだ。こんなことでうつでいいのだろうか。明日から正式な休業だというのに、酒飲んで夜遅くまで話し込むとは。。。まあいいだろう、酒は飲めても勤めは無理なのだから。
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2005年11月23日
待つ
待つことは忍耐ではなく望み
待つあいだに空、地を見、景色を見、空気を感じ
待つあいだに、目に見えないものを見ていると
一瞬一瞬は訪れ
退屈のはいりこむ隙のない
豊饒なこの世界
生命あるものもないものも
いのちを得て輝く
その様ありありと
待つあいだは
クロノスでなく
カイロスの時間
神の時間
時計が針をひとつ進めるあいだに
すべてが入れ替わってしまう
魔法の時間
思ったことがその場で本当になる
あなたはすでにそれなので
そのままで本当である
待つことはすでに到着になっている
待つあいだに空、地を見、景色を見、空気を感じ
待つあいだに、目に見えないものを見ていると
一瞬一瞬は訪れ
退屈のはいりこむ隙のない
豊饒なこの世界
生命あるものもないものも
いのちを得て輝く
その様ありありと
待つあいだは
クロノスでなく
カイロスの時間
神の時間
時計が針をひとつ進めるあいだに
すべてが入れ替わってしまう
魔法の時間
思ったことがその場で本当になる
あなたはすでにそれなので
そのままで本当である
待つことはすでに到着になっている
2005年11月22日
2005年11月19日
うつ日記 その18 最終回(とりあえず)
お茶の花 放置された垣根で
05.11.19
お疲れさまでした。これでいちおうお開き。ね、そういうことで。またの機会をまたどうぞ。そのせつはどうも。あ、お久しぶりです、どうも。ああ、あなたも。そうですか、さぞかし、、、それにしてもあれですね、あっちのほうはどうもいけませんね。
などとはなかなかいかない。。。寛解、としておこう。ひろやかにほどける、くつろいでほどける、、、なんだか語感だけはやけにいい。
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2005年11月17日
感じかた、見かたの違いはあるよ
最近のうちで久しぶりにめずらしい夜更かしだ。医師に10時には寝るように言われていたし、なにしろ早く起きるのは気持がいいので、12時を越さないようにしていたのだけれど、今日はタガがはずれてしまった。
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写真と説明を変更
2005.11.17
顔写真と表題のうたい文句があまりにも大仰な感じがしたので、はじめて変えてみました。ブログを開設したのが、9月の下旬。それから一月半あまり。古い記事をそのまま使い回ししたのが多かったとはいえ、10月は、入力が百件を越してしまいました。
最近はうつとの付き合いのかいがあってか、ずいぶん力が抜けてきた気がします。ブログのデザインは、当分このからすうりでいこうと思います。
それから、いただいたコメントの返し方? がよくわからなかったのですが、そのまま下に書いていけばいいのかな。。。これからそうしてみます。
jksk
顔写真と表題のうたい文句があまりにも大仰な感じがしたので、はじめて変えてみました。ブログを開設したのが、9月の下旬。それから一月半あまり。古い記事をそのまま使い回ししたのが多かったとはいえ、10月は、入力が百件を越してしまいました。
最近はうつとの付き合いのかいがあってか、ずいぶん力が抜けてきた気がします。ブログのデザインは、当分このからすうりでいこうと思います。
それから、いただいたコメントの返し方? がよくわからなかったのですが、そのまま下に書いていけばいいのかな。。。これからそうしてみます。
jksk
2005年11月16日
歩く--ほぼ久しぶり相模平野だより
夕暮れのマーケット (アユタヤ)

2005.11.16
歩く。人間のとても基本的な動作。どうにもならなくなったら、歩く。息詰まったら歩く。夜でも朝でも、思い立ったらそのときに歩き出す。最初の一歩が次に送り出してくれる。
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2005.11.16
歩く。人間のとても基本的な動作。どうにもならなくなったら、歩く。息詰まったら歩く。夜でも朝でも、思い立ったらそのときに歩き出す。最初の一歩が次に送り出してくれる。
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2005年11月14日
2005年11月13日
聖地ティルヴァンナマライとアルナチャラ山訪問
アルナチャラ山 (ラマナアシュラムのホームページより)

これは2001年の初夏に、エコロジー関係の会議参加のために渡印した際、休暇をとって南部タミルナドゥー州のティルヴァンナマライに二度目の訪問をした報告です。4年前にメールで配信したものに、若干手を加えました。
じつは、今住んでいるここ鶴巻温泉の背後には、太古から聖山として拝されている"大山"があります。その山容が、アルナチャラ山にそっくりで、ひそかにぼくはここと彼の地とのつながりを感じているのです。
またこの聖地で受け取ったことが、今の自分に再びもたらされていることのように感じ、読み返しながらここに掲載することにしました。
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これは2001年の初夏に、エコロジー関係の会議参加のために渡印した際、休暇をとって南部タミルナドゥー州のティルヴァンナマライに二度目の訪問をした報告です。4年前にメールで配信したものに、若干手を加えました。
じつは、今住んでいるここ鶴巻温泉の背後には、太古から聖山として拝されている"大山"があります。その山容が、アルナチャラ山にそっくりで、ひそかにぼくはここと彼の地とのつながりを感じているのです。
またこの聖地で受け取ったことが、今の自分に再びもたらされていることのように感じ、読み返しながらここに掲載することにしました。
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うつ日記 その12
2005年11月12日
今日一日
苦しみも
喜びも
めいっぱい体験して
今日一日を楽しむ
2005.11.09
喜びも
めいっぱい体験して
今日一日を楽しむ
2005.11.09
イースターの前日に
再び生きるため 彼は
私の中に宿る
(老婦人が立ち話をしているあいだ
夫は所在なく道端の石を見つめる)
春は葉を繁らせ葉を隠す
昨晩の雪に山頂はまぶしく尖り
なくしものは見つからないだろう
それは自分から引き揚げて行ったのだ
なじんだ鞄を手放すように
ぼくはぼくから遠ざかり
やがて景色とひとつになるのを
静かに見ている
季節は気づかないうちに入れかわっている
今はただ待ち望む時
訪れはつねに道ばたにある
あるとき、出口がそこに開き
ぼくはそこから歩みいる
2005.03.26
私の中に宿る
(老婦人が立ち話をしているあいだ
夫は所在なく道端の石を見つめる)
春は葉を繁らせ葉を隠す
昨晩の雪に山頂はまぶしく尖り
なくしものは見つからないだろう
それは自分から引き揚げて行ったのだ
なじんだ鞄を手放すように
ぼくはぼくから遠ざかり
やがて景色とひとつになるのを
静かに見ている
季節は気づかないうちに入れかわっている
今はただ待ち望む時
訪れはつねに道ばたにある
あるとき、出口がそこに開き
ぼくはそこから歩みいる
2005.03.26
ふたり
よりそって感じること
はなれて見えるもの
からだから立ちのぼってゆくもの
全身にふりかかってくるかんじ
ひとりでいて風がふいてくる
ふたりでいると風につつまれる
季節がめぐってくる
孤独な旅立ちの気配が
ベランダのお茶のさそいに変わる
遠い山に雪がかかっている
その射るようなまぶしさを一日の標とする
2005.03.09
はなれて見えるもの
からだから立ちのぼってゆくもの
全身にふりかかってくるかんじ
ひとりでいて風がふいてくる
ふたりでいると風につつまれる
季節がめぐってくる
孤独な旅立ちの気配が
ベランダのお茶のさそいに変わる
遠い山に雪がかかっている
その射るようなまぶしさを一日の標とする
2005.03.09
2005年11月11日
2005年11月09日
宝石
良い本は、カッティングをほどこされ、よく磨かれた宝石のようだ。それは読まれるたびにさまざまなきらめきを見せる。
自然は、読まれるために作られたわけではないが、一度として同じことはない。
よい本もまたそれと同じく、一瞬ごとに変化し続ける。
本棚に月並みな石をたくさん並べておくよりも、宝石が少しあればいい。
自然は、読まれるために作られたわけではないが、一度として同じことはない。
よい本もまたそれと同じく、一瞬ごとに変化し続ける。
本棚に月並みな石をたくさん並べておくよりも、宝石が少しあればいい。
2005年11月08日
2005年11月06日
自分の言葉がまだ生きていて。。。
2005.11.06 夜静かな雨
このところすっかりうつ日記にお株を奪われてしまい、こちらがお留守になった。うつうつと、しかしゆったりとこの一週間を過ごすあいだ、思わず昔の自分の発言を読む機会があった。
ほぼ十年前、ぼくは仲間たちと一緒にティク・ナット・ハンというフランス在住のベトナム人の禅僧を日本に招いてツアーを行ったのだが、それにからめてある雑誌からインタビューを受けた。
そのホームページのインタビューがまだ残っているのである! そこでぼくは、中米の巡礼の中で学んだ歩く瞑想のこと、どこかへ到達することよりも、ただその一瞬一瞬に深く在ることの奇跡を語っている。
さらにはっとさせられたのは、すでにこのときに、「自分の中の深い思いと、神の意思とが一致する」と答えていることだ。
最近このブログへコメントを寄せて下さったかたが、この人はクリスチャンなのだが、ギリシャ語で「好み」という言葉と、「神の意思」という言葉は、同じだという。自分が本当に好きなことは、神もそのとおりに思ってくれている、という保障をもらったような気がするし、やはり自分が思っていたことは、こういうことだったんだなぁとあらためて認められた。
このインタビューがここをクリックで全文読めます。(このころぼくは、自然食品のお店と、翻訳を兼業でやっていた)・・・今夜は紹介のみにて。
このところすっかりうつ日記にお株を奪われてしまい、こちらがお留守になった。うつうつと、しかしゆったりとこの一週間を過ごすあいだ、思わず昔の自分の発言を読む機会があった。
ほぼ十年前、ぼくは仲間たちと一緒にティク・ナット・ハンというフランス在住のベトナム人の禅僧を日本に招いてツアーを行ったのだが、それにからめてある雑誌からインタビューを受けた。
そのホームページのインタビューがまだ残っているのである! そこでぼくは、中米の巡礼の中で学んだ歩く瞑想のこと、どこかへ到達することよりも、ただその一瞬一瞬に深く在ることの奇跡を語っている。
さらにはっとさせられたのは、すでにこのときに、「自分の中の深い思いと、神の意思とが一致する」と答えていることだ。
最近このブログへコメントを寄せて下さったかたが、この人はクリスチャンなのだが、ギリシャ語で「好み」という言葉と、「神の意思」という言葉は、同じだという。自分が本当に好きなことは、神もそのとおりに思ってくれている、という保障をもらったような気がするし、やはり自分が思っていたことは、こういうことだったんだなぁとあらためて認められた。
このインタビューがここをクリックで全文読めます。(このころぼくは、自然食品のお店と、翻訳を兼業でやっていた)・・・今夜は紹介のみにて。

